木更津のピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈の、波瀾万丈な日常。

海とあさりとブルーベリーの町、千葉県木更津市のご当地ゆるキャラ目指してます。



スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告
また髪切りました。7月も岩手に行きます。 :: 2011/06/28(Tue)

半年ぶりに色を入れました。

久々すぎて、ちょっと違和感。

黒髪に慣れすぎました。

ちょっと楽しんだらまた暗めに戻します。


ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110628_004642.jpg


襟足はとことん短く。

前髪ももっと切ればよかったかな。

しばらくはショートが続きそうです。



蒸し暑くてじっとり、寝つきが悪い夜が続きます。

だけど毎日8時間以上寝るようにしている。

運動もしてる。ヨガ。

体力をつけておかないと、暑さにやられてしまう。


少しの間、身辺穏やかだったんだけど、また波が来そう。

6月は眠りの月。

7月に備える月だったみたい。


しばらく落ち着いていた問題とまた向き合うことになりそうです。

それは、違いを受け入れること。

自分と異なるものを遠ざけるのではなく、折り合いをつけて共存していくこと。


なぜこう思ったかと言うと、私に近い人たちが皆同じような壁にぶつかり始めたから。

「親に意見を押し付けられる」

「意見の合わない人と仕事をしなくてはいけない」

「宗教観の違いが明るみになる」

「仲間だと思っていた人に裏切られる」

例えばこんなこと。


それぞれ見ている世界が違うから、食い違うのは当たり前。

そこをどうやって乗り越えるか。


関わらないと決めるのか、我慢するのか、話し合うのか。

話し合うならどんな言葉を選べばいいのか。


そういったことを深く深く考える時期がまたやってきたみたいです。

去年も同じ壁がやってきて、その時の私は「関わらない」ことを選んだ。

だけど今は気持ちがだいぶ変わった。

生活の基盤ができたからかな。

我慢するでもなく、拒絶するでもなく、折り合いをつけていける気がしている。



「自分の目の前に起こる出来事は、自分の内側にあるものを映しているの。」

昨年、大切な友達がそれをおしえてくれました。




千葉で暮らし始めて一年。

自分の生活に責任を持つということがなによりも大切なことなんだと実感している。

お金のことはもちろん、何をたべるか、何を着るか、使うものすべてをどういう基準で選ぶか など。

その一つ一つの選択が暮らしをつくっていくんだなぁって、当たり前のことだけどやっと理解できた。


ここにきてやっと、無理をせずに人と関われるようになった。

まだまだ解決しなきゃいけないことはあるけどね。

ここからだ。



私を辛抱強く見守り続け、気付かせてくれた人達に心からお礼を。ありがとうございます。

これからもよろしくね。





7月15日、ふたたび岩手に行ってきます。

救援物資・募金を集めて現地に持って行こうと思っているので、詳細決まったらお知らせします。

協力してもらえたら嬉しいです。






スポンサーサイト
  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
19歳からの人生をダイジェストでツイートしました :: 2011/06/28(Tue)

なんだか朝方、急に人生を回想したくなって連続ツイートしてしまいました。

あまりに長くなってしまったのでブログにまとめます。





______




今は歌いながら、販売の仕事と沖縄料理屋さんのアルバイトを掛け持ちしている。
働くの楽しい。接客もやりがいを感じるし、扱っている商品も好きだ。
だけど働きながら、頭の中は歌のことでいっぱい。


19歳の時、音楽事務所のオーディションを受けたら詐欺だった。

レッスン料やら何やらでお金がかかり、友達や親に頼み込んで借りて、

それでも足りなくてクレジットカードでキャッシング。学生ローンで借り入れ。

詐欺だって発覚して、警察と弁護士に相談したけど、不起訴。お金は返ってこなかった。



23歳くらいまで、昼も夜もアルバイトして借金を返しながら、意地で東京での暮らしと音楽活動を続けていた。

たくさんの人に助けられた。casual comfortという男女デュオを組み、全国発売でCDも出せた。

本当に嬉しかった。(なぜか急に回想したくなったので、しています)



つづき。だけどCDリリースして一年経たないうちにcasual comfortが解散。ソロ活動することになる。

けれど、ひとりで歌っていくなんて考えられなかった。

プライベートでは終わらない借金。生活費の自転車操業。

ストレスで太ったり痩せたり。(なんか文章にすると重たいね。)



23歳の1年間は、オリジナル曲も1曲しかなく、

ライブハウスに出ても「自分は何がやりたいんだろう」と苦しむばかり。

しかし24歳の時、たまたま子供達の前で歌をうたう機会があり、合唱曲や童謡を久しぶりに歌う。

自分が何をやりたいのかが少しずつ見えてくる。



あ、でも24歳の夏、家賃を払えなくなり、東京から千葉の実家に引っ越す。

引っ越したけど家族とうまくいかず、キャリーケースをゴロゴロさせながら都内の友人宅や漫画喫茶を転々とする日々が三ヶ月ほど続く。そんな状況でもライブしてアルバイトしていた。←今考えると無茶もいいところ



24歳の秋から、親友奈々ちゃんの家に転がり込んで同居させてもらう。

ブックオフで本やCDを売って交通費稼いでた。冬を越えて春になって、25歳になった。

全曲オリジナル曲でライブができるようになり、音楽仲間に恵まれ、ソロのCDも制作し、順調かと思いきや、まだまだ残る借金。



25歳の夏。もういい加減、自立して生活する!と決意して、再び千葉に帰る。

今度は家族とちゃんと向き合う。千葉で仕事探し。

そんな中、秋に大きなワンマンライブ&キャンドルナイトを開催。

仕事見つからず、やっぱりブックオフに通い詰める。音楽とプライベートが反比例。



25歳の冬。ついに弁護士に頼んで借金を整理。完済予定は2012年の12月。

仕事がなんとか決まる。家計簿をつけ始める。

自分が今までいかにお金の問題から目を逸らしてきたかを痛感する。

「自分を大切にしないと、人を大切にできないよ」

色んな人から同じことを言われる。ほんとうにそうだね。



ダイジェストで19歳からの人生振り返りました、今26歳。

色々と無茶をしたけど、音楽を続けてきてよかった。

その軸があったから、人間関係が広がったり、気付けたり、成長を感じることが出来た。

これからも生きることを歌っていきます。



今、幸せ。



  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
佐藤龍一さんのmixi日記より 村上春樹さん受賞スピーチ原稿 :: 2011/06/28(Tue)

音楽仲間であり、人生の師であり、親愛なる友人の佐藤龍一さんが、

6/9に村上春樹さんがスペインのカタルーニャ国際賞を受賞された際のスピーチをmixi日記に転載して下さっていて、それがあまりにも衝撃だったので、ご本人の許可のもと丸ごと紹介させていただきます。

村上春樹さん、龍さん、ありがとうございます。


長いけれど、私は最後まで一気に読んでしまいました。



_________________________________


【村上春樹】カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文転載「非現実的な夢想家として」
2011年06月27日13:52

佐藤龍一


ちょっと古い話になりますが、これは6月9日、スペインのカタルーニャ国際賞を授賞された村上春樹さんの受賞スピーチの原稿です。

受賞直後は毎日など各新聞社のサイトなどでも読めたのですが、検索してみると多くはリンク切れになっています。(現在47NEWSやNHKなどにはまだ残っています)日本の新聞社は古い記事を削除してしまうのです。残っているうちにと、転載させていただきました。

政治家や評論家ではなく、文学者から見た福島原発事故/核問題。素晴らしい文章なので、もしも、まだ読んでいないという方がいたら、ぜひどうぞ。

以下は47NEWSの記事からの転載です。
http://bit.ly/keLnnV

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1・8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネ
ルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

<以上転載終わり>

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

今回のスピーチには賛否評論あるようですが、ブログ「琥珀色の戯言」</a>には、以下のような「雑感」がありました。共感したのでそれも引用させていただきます。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20110611

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

村上さんは、今回の事故のことを、「東電のせい」だとは言っていません。
ネット上では、多くの人が、「東電叩き」をして、「目の前の仕事をしていただけ」の末端の従業員までがバッシングに遭っています。
結局のところ、「誰かのせいにして、安心したがる態度」こそが、さまざまな人間の「過ち」を生んできたのかもしれません。
その「対象」があまりに大きくなると、現実的な選択として、「わかりやすい責任者」をつくらざるをえないところはあるのだけれど。

ナチスによる戦争犯罪にしても、ナチスを選挙で第一党にしたのは、ドイツの国民たちです。
でも、「ドイツ人みんなが悪い」というふうに考えて、「復讐」すれば、憎しみは連鎖していくばかり。
虐殺された側の人たちには、ずっと、忸怩たる気持ちがあるはずです。
ごく普通の人間たち(ドイツ人たち)も、ヒトラーという扇動者がつくった「流れ」にのってしまうことによって、とんでもなく残酷なことをやってしまう。
それが、「人間の抱えている、本質的な弱さ」であり、「怖さ」だと思う。

<以上引用終わり>



____________


以上、佐藤龍一さんの日記より。





  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
6/23(木)木更津・沖縄料理屋じゃむにて投げ銭ライトダウンライブします :: 2011/06/23(Thu)

先日の、大久保『真昼の月 夜の太陽』に遊びに来てくださった皆さま、ありがとうございました!
今月のライブは真昼の月でおしまいの予定でしたが、急遽木更津でうたうことになりましたの。
節電につき、店内を少しだけ暗くして歌います。
お近くの方はふらりといらしてね。
近くじゃない方も大歓迎です(笑)

__________


千葉県、木更津市にある沖縄料理屋『じゃむ』にて、
電気を少しだけ落として、ほの暗い灯りの中で歌います。

■6/23(木)
20:00~ 30分×3ステージ予定
チャージ:投げ銭
場所:沖縄料理『じゃむ』

ライトダウン投げ銭ライブ!
いつもより明かりを落として音楽にゆったり浸ってみませんか?
木更津出身シンガーソングライターの松本佳奈が
誰もが口ずさめる懐かしの曲から心に響くオリジナル曲まで
一つ一つ灯りを点す様にお届けします。
20時からスタートです!


<バス>
木更津駅東口より真舟団地行き。
約10分。「陣屋下」下車
※木更津駅からの送迎あり。ご希望の方は前日までにこちらまでご相談下さい。

<車>
国道16号より真船団地方面 P駐車場20台分有り


千葉県木更津市真舟5-7-17 パレス1F
電話:0438-37-8923

大きな地図で見る



普通に沖縄料理をたべにきてね。
とってもおいしいです。
よろしゅう!

  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
メールマガジン登録ページつくりました :: 2011/06/20(Mon)

即席ですがちょっと作ってみました。

もっと早く作ればよかった!

メールマガジン登録フォームです。

「まだメールマガジン登録してないよー」って方はこちらからどうぞ。


松本佳奈メールマガジン

『まつかな日和』

登録フォームハチ



  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
まずは自分をつくること :: 2011/06/20(Mon)

昨年の夏、仙台でのライブにお誘い頂いた時、
企画から宣伝から、何から何までお世話になった ちだあきらさん。
最近、ちださんのmixiの日記にとっても共感する言葉が書かれていたので、
ご本人の許可のもと、まるごと紹介させていただきたいと思います。


==================
『まずは自分をつくることです』
2011年06月11日14:50

昔の日記を読み返して思い出した言葉
今は海外にいっちゃった知り合いの学習塾の塾長
ピアノの先生をやりながら塾の先生もこなす
年下だったけど尊敬していました

かなり厳しい先生だったけど、みんな先生を信頼してた
「先生の言う事をちゃんとやっていれば必ず合格できる」
みんなそう思っていた
すげーな

そんな塾の鏡に書いていた言葉


 自分に夢がないと
   人に夢を与える事ができません

 自分に力がないと
   人に力を与える事ができません

 自分に幸せがないと
   人に幸せを与える事ができません

  まずは自分をつくることです




口先ばかりじゃ駄目って事なんだな・・・


===================

ここ数年、私は自分を大切にすることを怠ってきた。
だから人を大切にできなかったんだと気付き、今は自分のペースを作るために生活を立て直している最中です。

自分を知ること。
知ろうとすること。
まずはそこから。




  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
岩手でのあれこれ :: 2011/06/18(Sat)

6/12(日)、岩手・奥州市水沢でのライブを無事終えて帰ってきました。


晴れていました水沢。

ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110612_141403.jpg
南部鉄器の風鈴については前回のブログで書きました。


ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110612_173859.jpg

主催してくださったNatura Rhythmのおふたり。

ほんわか、やわらかな歌声とMCが魅力!癒されました。

ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110612_1554171.jpg
トリコロジックのお二人。ピアノ弾き語りとドラムのユニットさんです。

安定した演奏力!

インストで聴かせるってこういうことなんだね。


ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110612_211940.jpg

ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110612_211940.jpg
ライブ終了後、ライブカフェMIUMIUのAJICOさんをはじめとするMIUMIUファミリーの皆さんと打ち上げ。

音楽について、地震について、原発について、熱く熱く語り合いました。


ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110613_001243.jpg
楽しい時間はあっという間。

最後に記念写真。

奥野さんに光が射しています。ピカッ


ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110613_001323.jpg
もう一枚。



松本佳奈のセットリストは、

1.おいしい晩ごはん

2.ばかみたい

3.マザコン

4.ハリネズミ

5.君さえいれば

6.Strings

7.How was your day?

8.昼下がり、旅に出る


アンコール dula-dula



でした!

『おいしい晩ごはん』と、『昼下がり、旅に出る』『dula-dula』には、

MIUMIUのみーさんがなんと風鈴とカホンで参加して下さいました!

風鈴は、私が水沢駅の売店で買ったものでした。とっても音の響きが良いの!


色んな偶然が重なって、奇跡の時間を過ごすことができました。

皆さん、本当にありがとうございました。


今回はその日のうちに夜行バスで東京に帰りましたが、次回は泊りがけで行きたいな。

もっと詳しくレポートしたいのですが、取り急ぎご報告まで。





  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
水沢駅 :: 2011/06/12(Sun)

script_ameba_vision_movie,http://visionmovie.ameba.jp/mcj.php?id=ebs52qg75nW:bhbW:Nm:cc:y8BlyCjyA94Xnf7/xmLcohaWVjgKJUd:Dx_H:xX:OQ:WVNqOVFiJZ6WphckOmiMq/
岩手県、一ノ関から東北本線に乗り換えて水沢駅に着きました。

ホームに風鈴がいっぱい!!
『がんばろう!岩手』と書かれています。
ちりんちりん、キラキラキラキラと絶え間無い音色が美しくて、ついつい30分くらいホームに居座ってしまいました。
動画撮ってみたけど聴こえるかな?画質は粗いです。

駅員さんに聞いてみたら、この時期は毎年風鈴を下げているそうな。
南部名産のみちのく風鈴、初めて見ました。
お寺の鐘みたいな形です。

  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
岩手県に出発!「すごいねー」と言われたくてボランティアすることについて。 :: 2011/06/12(Sun)

ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog-110612_100459.jpg

おはよございます、松本佳奈です。
今日は岩手県奥州市にてうたいます。

もともとは、瓦礫撤去や炊き出しのお手伝いがしたくて休みを取ったのだけど、ボランティア団体さんとうまく都合がつかずで、結局被災地を回ることはできなくなってしまいました。
7月には行けるかな。

今日は、昨年の仙台ライブにお誘い下さった岩手県で活動中のご夫婦ユニットNatura Rhythmさんにまたまた歌う機会をつくっていただきました。
岩手県奥州市は内陸で、残っている被害はほとんどないとのこと。
津波がきた大船渡までは電車で1時間くらいなんですね。

「岩手に行ってきます」と言うと「頑張ってね!」と声を掛けて下さる方がたくさん。
ありがとうございます。
でも、ただ歌いに行くだけだから、なんだか申し訳なかった。
頑張っているのは長期滞在してるボランティアさん達で、やっぱり一日だけパッと行って歌って帰る自分は付け焼き刃だなと思ってしまうから。

「すごいねー」って周りから言われたくて被災地に行く人もいるだろう。
私だって今思えば最初はそんな気持ちだった。
「この人、口だけで全然行動しないじゃん」って思われたくなくて行きたい気持ちもあった。
だけど実際、「偉いですね」「すごいですね」って言われてみると、全然偉くもすごくもない自分に気付くばかりだった。

あれ?私って結局、自分が周りから認められて安心するために被災地行こうとしてるのかな?って、悶々と考えたりしていた。

それがこの数日で、霧が晴れるようにすっきりしてきて、今朝ハッと気付いた。
【私にできることは、目の前にいる人達を笑顔にすること】
それは被災地でもチャリティでも普段のライブでも何ら変わらないんだなぁって。

あぁ、なんだ、こんなにシンプルなことだったのか…と、全てが腑に落ちて、今はとっても穏やかな気持ちで新幹線に乗りながらこのblogを書いています。

…呑気に駅弁食べちゃってるし。


誰にどう思われるかが先に来ちゃうと、中身がすっからかんになる。
自分には何ができるのかを突き詰めれば、どこにいても行動はできるのね。


私は生きている間、自分を余すところなく使い切りたい。
無駄なところなんかないよ、どんな人でも。
ほんとそう思う。


そろそろ福島を通過。
またレポートしますね。


  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
6/7(火)鈴ん小屋 on YouTube :: 2011/06/09(Thu)

hamanさんが6/7(火)鈴ん小屋ライブの動画をYouTubeにアップしてくださいました。
ありがとうございます!
ブルースハープ居相さん、ギター奥野裕介さんとの三人編成での『Strings』です。

松本佳奈『Strings』

2011.6.7 池袋 鈴ん小屋


さらに写真も。
$ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog
真ん中がMint Julepのボーカル大和田慧ちゃん、右がピアノの大関麻子ちゃん。
そして下に写っているのがピーターパン…ではなくギターの奥野裕介さん。
ちなみに左はアンパンマン…ではなく私です。

  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
池袋 鈴ん小屋、ありがとうございました :: 2011/06/08(Wed)

昨日の池袋 鈴ん小屋ライブ。
来てくださった皆さま、そして初めて松本佳奈を知って下さった皆さま、本当にありがとうございました。
平日の夜にも関わらずたくさんのお客さまに来ていただけて幸せでした。

対バンの奏でる空さん、BROTHERさん、そして一年以上ぶりの対バンとなったMint Julepのみんな。
素敵すぎるブルースハープで会場を魅了していた居相さん。
自由すぎる空気を許してくれた鈴ん小屋スタッフの皆さま。
お疲れ様でした&ありがとうございました。

全体的に笑いの絶えないライブになって、なんだかものすごい幸福感に包まれて帰路に着きました。

みんなが笑ってるー
おひさまも笑ってるー

…サザエさんは関係ないけど、

とにかく嬉しかったなぁーみんな笑ってて。
私もいっぱい笑った!


セットリスト
1 おいしい晩ごはん
2 ばかみたい
3 マザコン
4 逢いにいくよ
5 Strings
6 How was your day?
7 昼下がり、旅に出る


…認めます。
30分枠で7曲はムチャだったと。
ごめんなさい。

昼下がり、みんな歌ってくれてありがとうー!

次回ライブは12日、岩手!
そして21日、大久保『真昼の月 夜の太陽』と、今月は残すところ二本です。
21日には新曲やりますので、ぜひぜひ遊びにきて下さいませ。

そーしーてー!
来月26日にワンマンライブも決まりました!いぇい!
予約開始しております。
20名様限定なのでお早めにどうぞ。
この日はギターサポート奥野さんの他に、キーボード&ベースサポートが加わることが決まりました!
詳しくはまた後日お知らせしますね。



  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
メールを下さったみなさまへ :: 2011/06/05(Sun)

岩手ライブの詳細お待たせしました!
「詳細下さい」メールを下さった皆さま、遅くなってごめんなさい。
ありがたいことにお問い合わせ多数のため、メール一つ一つにお答えできず申し訳ないです。


ライブの詳細や時間などはホームページのスケジュール、ブログ、mixiコミュに掲載します。

応援メッセージやライブの感想なども、すべて大切に読ませていただいてます(^^)
いつもありがとうございます。



今日は夕方から雷雨だって!

気が抜けないね。

お昼はぽかぽかだったのにね。








  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
6/12(日)岩手・奥州市 おうちカフェMIUMIUライブ詳細 :: 2011/06/05(Sun)

$ピアノ弾き語りシンガーソングライター松本佳奈のblog

■6/12(日)癒されNight Vol.3
場所:おうちカフェ MIUMIU(岩手県奥州市)
時間:open16:30/start17:00
出演:松本佳奈、トリロジック、NaturaRhythm
料金:1,000円(1drinkつき)
※チケット代の一部は震災の義援金として寄付させていただきます。

昨年、仙台でライブをするきっかけを作って下さったNaturaRhythmのお二人に再びお誘いいただきました。
松本佳奈は、ギターサポート奥野裕介さんを迎えての二人編成で向かいます。
癒されNight!というタイトルの通り、ささくれた心がほころぶような夜になること間違いなし。



NaturaRhythm


松本佳奈



おうちカフェ MIUMIU
岩手県奥州市水沢区字大町155(水沢メイプル向かい)
TEL :0197-25-4337
mixiコミュ
最寄り駅:東北本線水沢駅、徒歩約5分
◎駐車場**~無
アジアンちっくな おうちカフェ&バー
お友だちの〈〈おうち〉〉に遊びに来たような、そんなコンセプトの、ゆる--い感じのお店です 。


大きな地図で見る



  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
6/7(火)池袋・鈴ん小屋 ライブ詳細 :: 2011/06/05(Sun)

またまた更新が停滞してしまいました。
みなさんお元気ですか?
先週のアースデイ西東京に遊びに来てくださった皆さま、
本当にありがとうございました!

梅雨入りに加えて台風まで来てしまい悪条件の中での開催となりましたが、
幸いにも二千人ほどのお客さまが足を運んで下さいました。
ありがたや。

あっと言う間に6月!
そして明後日は約8ヶ月ぶり?の鈴ん小屋です。
ご予約たくさんいただいて感謝!まだまだ受付けております。 
ご予約はこちらからどぞ!


■6/7(火)池袋 鈴ん小屋
OPEN 18:30/START19:00
前売2000/当日2500(D代別途)

出演:奏でる空/BROTHER/松本佳奈/Mint Julep

松本佳奈は三組目、20:20~の出演予定です。
ギターサポート奥野裕介さん、ブルースハープサポート居相毅さんとの三人編成で出演します。
居相さんとのコラボは昨年9月のワンマンぶりです。
弦楽器のように美しく力強い居相さんの音色をお見逃しなくー!


ご予約はこちらからお願いします。

BROTHER


Mint Julep


松本佳奈




大きな地図で見る

∞ らいぶはうす の 鈴ん小屋 ∞
〒170-0013 東京都豊島区東池袋1-47-1 庚申ビルB1F
http://www.ringoya.org/


  1. 日々のつれづれ
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。